そのむねみちの大納言の次郎におはせし、太政大臣伊通のおとゞおはしき。詩などつくり給ふかた、いとよくおはしけり。てもよくかき給ひけり。よきかんだちめとておはしけるに、あまりいちはやくて、よのものいひにてぞおはしける。こもりゐ給へりしをりも、御幸などみ給ひては、百大夫へんじて、百殿上人になりにけりなどのたまひ、またこもりゐたるはくるしからねど、よにまじろはまほしきことは、人のいたくゑぼしのしりたかくあげたるに、うなじのくぼにゆひていでんとおもふなりなど、世ににぬやうにのたまひけり。また信頼右衛門督、むさおこしてのち、除目をおこなへりし、み給ひては、などゐはつかさもならぬにかあらん。ゐこそ人はおほくころしたれなど、かやうのことをのみの給ふ人になんおはしける。こもりゐ給ひしことは、宰相におはせしに、われより上らう四人中納言になれるに、われひとりのこりたり。たとひ上らうなりとも、のちに宰相になりたる人もあり。われこそなるべきに、ひとりならずとて宰相をも、兵衛督をも中宮権太夫をも、みなたてまつりて、ひさしくこもり給へりき。人にきこえられたることもなし。こと人ならばさてもおはすべけれども、はらだちてこもり 給へりしに、為通宰相の太郎子におはせし、さぬきの御かどの、御おぼえにおはせしほどに、太政大臣さきの宰相にて、なりもかへらで、中納言になり給ひき。陣の座の除目に、かんだちめになる例は、これやはじめにて侍りけんとぞきゝ侍りし。内より院に申させ給ひ、はからはせ給へと關白におほせられよなど申させ給ひけるにや。さまで御気色もあしくもなかりければなさむとせさせ給ふを、法性寺のおとゞ関白にて、あるまじきことゝたび<申させ給ひければいつとなくしぶらせ給ひけれど、院にたび<御つかひなどありて、陣の座にて中納言になり給ひにき。御前にておこなはるゝ除目にこそ、かんだちめはなさるなるに、これよりはじまりて、このころはさてなさるゝとぞきこえ侍る。うへの御せうとなれば、殿にはさりがたくおはすべけれど、れいなきことゝ申させ給ひけるにこそ。つかさをもかへしたてまつりて、いりこもり給ひけるとき、びりやうげの車やぶりて、いへのまへの大宮おもてのおほぢにて、とりいだしてやきうしなひ給ひけるは、節會の日にて侍りけるとかや。さてこんのすいかんに、くれなゐのきぬとかきて、馬にてかはじりへ、かねとかいふあそびがりおはしけるみちに、鳥羽の樓をなんすき給ひける。かくて年月をわたりてありかんと思ふと、院の御おぼえなりし中納言に消息し給ひければさもとおぼしめしけれど、うちまかせてもえなくても、みかどのせさせ給ふありざるなりけるなるべし。さきの宰相にて中納言になる例なき事なれど、隆國の宇治にこもりゐて、前中納言より大納言になりたることのなぞらへつべきによりてぞなり給ひける。宰相にまづかへしなさんと御氣色ありけるを、さては有かんともなかりければかたき事なりとはべりけるなるべし、さていりこもり給ひしとき、中院大将まだ中納言など申ししをりにや。そのゆみをかり給へりけるが、つかさたてまつりてかへしたまふとて、
とゝせあまりてならしたりしあづさ弓かへすにつけてねぞなかれける
とはべりけるかへしに中の院、
さりとても思ひなすてそあづさ弓ひきかへすよも有もこそすれ
と侍りけるかひありて、右衛門督になり給へりき。御むすめこのゑのみかどの御時、女御にまゐり給へりし、后にたち給ひて、みかどかくれさせ給ひにしかば、御ぐしおろし給ひてけり。九条院と申すなるべし。法性寺殿の御子とてまゐり給へれど、まことにはこの御子なれば、いとめでたき御名なり。きさきにはたち給へれど、院の御むすめ、 一の人などならぬはかたき事にてはべるなる。御みめも御けはひも、いとらうある人になんおはすとて、鳥羽院もいと有がたくとぞほめさせ給ひける。このゑのみかどのかくれさせ給ひて、御ぐしおろしたまひてまたのとし、さ月のいつかの日、皇嘉門院にたてまつらせ給ひける、
あやめ草ひきたがへたるたもとには昔をこふるねぞかゝりける
御かへし
さもこそはおなじたもとの色ならめかはらぬねをもかけてける哉
と侍りけるとぞきこえ侍りし。太政のおとゞの太郎にておはせし、さいしやうとてうせ給ひにき。その宰相は二郎か太郎かにおはすとて、おほぢの大納言殿、自他君とわらはなつけ申し給ひけり。その宰相の御子は、このころやすみちの少将と申すなる、侍従大納言の子にし給ひておはしけり。またも御子はおはすとて、伊實中納言と申ししは、顕隆の中納言のむすめのはらにて、むかひ腹とてむねとし給ひしかば、あにの宰相よりもときめき給ひき。あにおとゝみなふえをぞふき給ひし。ふたりながらおほい殿よりさきにかくれたまひにき、これざねの中納言の子に、少将侍従など申しておはす也。むねみちの大納言の三郎にて、季通前備後守とておはしき。文のかたもしり給ひき。箏のことびはなど、ならびなくすぐれておはしけるを、兵衛佐より四位し給ひて、この御中にかんだちめにもなり給はざりしこそくちをしく、さやうのみちのすぐれ給へるにつけても、色めきすぐし給へりけるにや。