今鏡 - 00 序

やよひの十日あまりのころ、おなじ心なるともたち、あまたいざなひて、はつせにまうで侍りしついでに、よきたよりに寺めぐりせんとて、やまとのかたに旅ありき日比するに、路とをくて日もあつければ、こかげにたちよりて、やすむとてむれゐる程に、みつわさしたる女のつえにかゝりたるが、めのわらはの花がたみにさわらび折りいれて、ひぢにかけたるひとり具して、そのこのもとにいたりぬ。とをきほどにはあらねど、くるしく成りて侍れば、おはしあへる所はゞからしけれど、都のかたよりものし給ふにや。むかしも恋しければ、しばしもなづさひたてまつらむといふけしきも、くちすげみわなゝくやうなれど、としよりたる程よりも、むかしおぼえてにくげもせず。この わたりにおはするにやなど問へば、もとは都にもゝとせあまり侍りて、そのゝち、山しろのこまのわたりに、いそぢばかり侍りき。さてのちおもひもかけぬ草のゆかりに、かすがのわたりにすみ侍るなり。すみかのとなりかくなりし侍るも、あはれにといふに、としのつもりきく程に、みなおどろきてあさましくなりぬ。むかしだにさほどのよはひはありがたきに、いかなる人にかおはすらん。まことならば、ありがたき人みたてまつりつといへば、うちわらひて、つくもがみはまだおろし侍らねど、ほとけのいつゝのいむ事を、うけて侍れば、いかゞうきたる事は申さん。おほぢに侍りしものも、ふたもゝちにおよぶまで侍りき。おやに侍りしも、そればかりこそ侍らざりしかども、もゝとせにあまりてみまかりにき。おうなも、そのよはひをつたへ侍るにや。いま<とまち侍りしかど、いまはおもなれて、つねにかくてあらんずるやうに、念佛などもおこたりのみなるも、あはれになんといへば、さていかにおはしけるつゞきにか。あさましくも、ながくもおはしけるよはひどもかな。からのふみよむ人のかたりしは、みちよへたる人もありけり。もゝとせを七かへりすぐせるも有りければこの世にも、かゝる人のおはするかなと、このともたちの中にいふめれば、おほぢはむげにいやしきものに侍りき。きさいの宮になんつかへまつり侍りける。名は世繼と申しき。おのづからもきかせ給ふらん。くちにまかせて申しける物がたり、とゞまりて侍るめり。おやに侍りしは、なま学生にて大学に侍りき。この女をもわかくては、宮つかへなどせさせ侍りて、からのうた、やまとの哥などよくつくりよみ給ひしが、こしの国のつかさにおはせし御むすめに、式部の君と申しゝ人の、上東門院の后の宮とまうしゝとき、御母のたかつかさ殿にさぶらひ給ひしつぼねに、あやめとまうしてまうで侍りしを、五月にむまれたるかと問ひ給ひしかば、五日になんむまれ侍りける。母の志賀のかたにまかりけるに、ふねにてむまれ侍りけると申すに、さては五月五日、舟のうちなみのうへにこそあなれ。むまの時にやむまれたる。と侍りしかば、しかほどに侍りけるとぞおやは申し侍りし。など申せば、もゝたびねりたるあかゞねなゝりとて、いにしへをかゞみ、いまをかゞみるなどいふ事にてあるに、いにしへもあまりなり。いまかゞみとやいはまし。まだおさ<しげなるほどよりも、としもつもらずみめもさゝやかなるに、こかゞみとやつけましなどかたれば、世に人のみけうずる事、かたり出だされたる人の、むまごにこそおはすなれ。いとあはれに、はづかしくこそ侍れ。式部君たれが事にかと問へば、紫式部とぞ世には申すなるべしといふに、 それは名だかくおはする人ぞかし。源氏といふめでたき物がたり、つくり出だして、世にたぐひなき人におはすれば、いかばかりの事どもか、きゝもちたまへらむ。うれしきみちにも、あひ聞こえけるかな。むかしの風も吹きつたへ給ふらん。しかるべきことの葉をも、つたへ給へといへば、かた<”うけたまはることおほかりしかども、物がたりどもにみな侍らむといへば、そのゝちの事こそゆかしけれといふに、ちかき世の事も、おのづからつたへきゝ侍れば、おろ<としのつもりに申し侍らん。わかく侍りしむかしは、しかるべき人のこなど三四人うみて侍りしかど、この身のあやしさにや。みなほうしになしつゝ、あるはやまぶみしありきて、あともとゞめ侍らざりき。あるは山ごもりにて、おほかた見る世も侍らず。たゞやしなひて侍る、五節の命婦とて侍りし、うちわたりの事もかたり、世の事もくらからず申して、ことのつまならしなどして、きかせ侍るも、よはひのぶる心ちし侍りし、はやくかくれ侍りて、又とのもりのみやつこなる、をのこの侍るも、うひかうぶりせさせ侍りしまでやしなひたてゝ、このかすがのさとに、わすれずまうでくるが、あさぎよめ、みかきのうちに、つかうまつるにつけて、この世の事も聞き侍る。みなもとをしりぬれば、すゑのながれきくに心くまれ侍り。よつぎが申しおける萬壽二年より、ことしは嘉應二年かのえとらなれば、もゝとせあまりよそぢの春秋に、三とせばかりや過ぎ侍りぬらむ。世は十つぎあまり、三つぎにやならせ給ふらんとぞおぼえ侍る。その折万寿二年に、ことしなると申したれば、かの後一条のみかど世をたもたせ給ふ事、廿年おはしましゝかば、万寿二年のゝち、いまとかへりの春秋はのこり侍らん。神武天皇より六十八代にあたらせ給へり。その御世ゝり申し侍らむとて、