中ごろをとこありけり。女をおもひて、とき<”かよひけるに、をとこあるところにて、ともしびのほのほのうへに、かの女のみえければ、これはいむなるものを、火のもゆるところを、かきおとしてこそ、その人にのますなれとて、かみにつゝみて、もたりけるほどにことしげくして、まぎるゝことありければわすれて、一日二日すぎて、思ひいでけるまゝに、ゆけりければなやみてほどなく女かくれぬといひければいつしかゆきてかのともしびの、かきおとしたりし物を見せでと、わがあやまちにかなしくおぼえて、つねなきをにゝひとくちにくはれけむ心うき、あしずりをしつべく、なげきなきけるほどに、御らんぜさせよとにや。この御ふみを、みつけて侍とて、とりいだしたるをみれば、
とりべ山たにゝけぶりのみえたらばはかなくきえし我としらなん
とぞかきたりける。哥さへともし火のけぶりとおぼえて、いとかなしくおもひける、ことわりになむ。 又ある女有りけり。とき<”かよひけるをとこの、いつしかたえにければ心うくて、心のうちに、おもひなやみけるほどに、その人かどをすぐることのありけるを、いへの人の、いまこそすぎさせ給へと、いひければ思ひあまりてきとたちながらいらせ給へとおひつきて、いはせければやりかへしていりたるに、もとみしよりも、なつかしきさまにて、ことの外にみえければくやしくなりて、とかくいひけれど、女たゞ経をのみよみて、かへりごともせざりけるほどに、七のまきの、即往安楽世界、といふところを、くりかへしよむとみけるほどに、やがてたえいりて、うせにければわれもよりておさへ、人もよりて、とかくしけれども、やがてうせにけり。かくてこもりもし、またかしらをも、おろしてむと、思ひけれど、当時弁なりける人なれば、さすがえこもらで、つちにおりて、とかくの事までさだして、しばしはやまざとに、かくれをりければよをそむきぬると、きこえけれど、さすがかくれもはてゞ、いでつかへければかへる弁となんいひける。 左衛門尉頼實といふ蔵人、哥のみちすぐれても、又このみにも、このみ侍りけるに七条なる所にて、夕に郭公をきく。といふ題をよみ侍りけるに、ゑひて、その家のくるまやどりにたてたる車にて、哥あんぜんとて、ねすぐして侍りけるを、もとめけれど、おもひよらで、すでにかうぜんとて、人みなかきたるのちにて、このわたりはいなりの明神こそとて、念じければきとおぼえけるを、かきて侍りける。
いなり山こえてやきつる郭公ゆふかけてしも声の聞ゆる
おなじ人の、人にしらるばかりの哥、よませさせ給へ。五年かいのちにかへんとすみよしに、申したりければ落葉あめのごとしと云ふ題に、
このはちる宿は聞わくことぞなき時雨する夜もしぐれせぬよも
とよみて侍りけるを、かならずこれとも、おもひよらざりけるにや。ゝまひのつきて、いかんといのりなどしければ家に侍りける女に、すみよしのつきて、さる哥よませしは。さればえいくまじと、のたまひけるにぞひとへに、のちのよのいのりになりにけるとなん。 又おなじゆかりに、みかはのかみ頼綱といひしはまだわかくて、おやのともにみかはのくにゝくだりけるに、かのくにの女をよばひて、又もおとづれざりければ、女、
あさましやみしは夢かとゝふほどにおどろかずにも成りにける哉
と申したりければさらにおぼえつきてなん思侍りける。かくよむとも、みめかたちやはかはるべきとおぼえ侍れど、むかしの人、なかごろまでは、人のこゝろ、かくぞ侍りける。このことは、その人のこの、仲正といひしが、かたり侍となむ。 参河守頼綱は、哥のみちにとりて、人もゆるせりけり。わが身にも、ことのほかに、おもひあがりたるけしきなりけり。俊頼といふ人の、少将なりけるとき、頼綱がいひけるは、少将殿<、哥よまむとおぼしめさば、頼綱を供せさせ給へ。べちのものも、まかりいるまじ。あらひたる仏供なん。ふたかはらけ、そなへさせ給へなどぞいひける。その哥、おほく侍れども、
夏山のならのはそよぐゆふぐれはことしも秋の心ちこそすれ
といふ哥ぞ、人のくちずさびにし侍るめる。 ちかきよに女ありけるを、やはたなる所にみやてらのつかさなる僧都ときこえし、小侍従とかいふおやにやあらん。その房にこめすべて、ほどへけるほどに、みやこより、しかるべき人のむすめを、わたさんといひければかゝることのあるに、人のきく所も、はゞからはしければしばしみやこへかへりて、むかへんをりことて、したてゝいだしけるが、あまりこちたく、おくり物などしてぐしければいまはかくてやみぬべき。わざなめりと、おもひけるにつけても、いと心ぼそくてすゞりがめのしたに、哥をかきておくりけるを、とりいでゝ見ければ、
行方もしらぬうきゞの身なれどもよにしめくらばながれあへかめ
となむ、よめりけるをみて、むすめなりける人は、院のみや<など、うみたてまつりたるが、まだわかくおはしけるに、京へおくりつる人、この哥をよみおきたる返事をやすべき。又むかへやすべきと、申しあはせければかへしはよのつねのことなり。むかへ給へらんこそ、哥のほいも侍らめと、きこえければ心にやかなひけん。その日のうちに、むかへに更にやりて、けふかならず、かへらせ給へとて、あけゆくほどに、かへりきにけり。又そのしかるべき人のむすめを、いひしらず、ゐどころなどしつらひ、はした物、ざうしなどいふもの、かずあまた、したてゝすゑたりけれど、一夜ばかりにて、すゞりがめの人にのみ、はなるゝこともなくぞありける。その女も、大臣家のみやづかへ人なりけるが、はゝのつくしにくだりて、すがはらのうぢでらの別當にぐしたりけるが、法師みまかりにければ都へのぼるべきよすがもなくてをりけるを、そのむすめは、あさゆふに、これを なげきけるほどに、大臣殿、五節たてまつり給ひけるにや。わらはにいだすべき女、ほかのかた<”みたまひけれど、こればかりなる、みえざりければおもふやう有りていふぞ。いはんこときゝてんやと、ありければいかでかおほせごとに、したがはず侍らんと申しけるに、五節のわらはにいださんとおもふとのたまひければいかなることも、うけ給はるべきを。それはえなん侍まじきと申しければあながちにおもふことにてあるに、かまへてきゝたらば、いかなる大事をもかなへんとありければかくまでのたまはせんこと、さのみもえいなび申さで、いでたりけるに、かの大臣殿のわらは、いかばかりなるらんとて、殿上人われも<と、ゆかしがりあへりけるなかに、さかりにものなどいひけるなにの少将などいひける人も、みんなどしけるを、ある殿上人の、めづらしげなし。いつも御らんぜよと、いひければあやしとおもひてみるに、わがえさらずものいふ人なりければうらみはぢしめけれど、さほどおもひたちていでにける。のちに、大臣殿、このよろこびにいかなる大事かあると、ゝひ給ひければくま野にまうでんの心ざしぞふかく侍と申すに、やすきことゝて夫さをなどあまためして、きよきころもなにかといだしたてさせ給ひて、まゐりて、つくしのはゝむかへよせんことを心ざし申してかへるに、よどのわたりにや。みゆきなどの、よそひのやうに、みちもえさりあへぬことのありけるが、けふまん所の、京にいでたまふといひて、よそには、ものともおもはぬことの、いひしらず見えけるほどに、むしたれたる、はざまよりやみえけん。ふみをかきて、京より御ふみとてあるをみれば、大臣殿の御つかひにはあらで、おもひがけぬすぢのふみなりけり。ありつるいはし水の僧のふねの人などみしりたるとも人といひければきゝもいれぬほどに、かた<”思かけず、いはせければいなびもはてゞくだりて、かのつくしのはゝ、むかへとりて、みやこにしすゑなどしたりけるとなむきこえしは、小大進とかいふ人の事にやあらん。 陸奥守橘為仲と申す、かのくにゝまかりくだりて、五月四日、たちに廳官とかいふものとし老いたるいできて、あやめふかするをみければれいの菖蒲にはあらぬくさを、ふきけるをみて、けふはあやめをこそふく日にてあるに、これはいかなるものをふくぞと、ゝはせければつたへうけ給はるは、このくにゝは、むかし五月とて、あやめふくこともしり侍らざりけるに、中将のみたちの御とき、けふはあやめふくものを、いかにさることもなきにかと、のたまはせければ國の例にさること侍らず。と申しけるを、 さみだれのころなど、のきのしづくも、あやめによりてこそ、いますこしみるにもきくにも、心すむことなれば、ゝやふけとのたまひけれど、このくにゝは、おひ侍らぬなりと申しければさりとても、いかゞ日なくてはあらん。あさかのぬまの、はなかつみといふもの有り。それをふけとのたまひけるより、こもと申すものをなんふき侍るとぞ、むさしの入道隆資と申すは、かたり侍りける。もししからば、ひくてもたゆくながきね、といふうた、おぼつかなく侍り。實方中将の御はかは、みちのおくにぞ侍るなると、つたへきゝ侍りし、まことにや。蔵人頭にも、なり給はで、みちのおくのかみになり給ひて、かくれたまひにしかば、このよまでも、殿上のつきめのだいばんすゑたるをば、すゞめのゝぼりて、くふをりなどぞ侍るなる。實方の中将の、頭になり給はぬ、おもひのゝこりておはするなど申すも、まことに侍らば、あはれにはづかしくも、すゑのよの人は侍ことかな。 いづれのとしにか侍りけん。右近の馬場の、ひをりの日にやありけん。女くるま、ものみにやりもてゆきけるに、重通の大納言、宰相中将に、おはしけるときにや、くるまやりつゞけて、みしりたる車なれば、みよき所にたてさせなどしてのちに、わか随身を、女の車にやりて、
たれ<ぞたれぞさやまのほとゝぎす、 とかやきこえければ女の車より、
うはのそらにはいかゞなのらん。
とぞいひかへしける。いとすぐれてきこゆることもなく、かなはずもやあらん。されども、ことがらのやさしくきこえしなり。時のほどに思えんこともかたくて、さてやまむよりも、かやうにいひたるも、さる事ときこゆ。又連哥のいつもじも、げにときこえねども、さやうにとふべきことに、侍りけるなるべし。又たしかにも、えうけたまはらざりき。ひをりといふことは、おぼつかなきことに侍るとかや。兼方はまてつがひと申し侍りけるとかや。匡房中納言の、卿次第とかやにも、このことはみえ侍とぞきゝ侍りし。 又いづれのとしにか。まゆみのまとかくることを、とねりのあらそひて、日くれよふくるまで侍りければものみぐるまども、おひ<に、かへりけるにかきつけて、大将の随身に、とらせたりけるとかや。
梓弓ためらふほどに月かげのいるをのみゝて帰りぬる哉
ひがことにや侍りけん。いづものくにゝて、うせ給ひにし大将殿の、つき給へりしとしとかや。 堀河のみかどの内侍にて、周防とかいひし人の、いへをはなちて、ほかにわたるとて、はしにかきつけたりける、
すみわびてわれさへのきの忍草しのぶかた<”しげき宿哉
とかきたる、まだその家は、のこりて、その哥も侍るなり。みたる人のかたり侍りしは、いとあはれにゆかしく、その家は、かみわたりに、いづことかや。冷泉ほりかはのにしと北とのすみなるところとぞ人は申しし。おはしまして御らんずべきぞかし。まだうせぬをりに、又堀川のみかどの、うせたまひて、いまのみかどの内侍にわたるべきよし侍りけるに、
あまのがはおなじながれといひながらわたらむことは猶ぞ悲しき
とよまれて侍りけん。いとなさけおほくこそ、きこえ侍りしか。 ちかくおはせし。よかはの座主の坊に、琳賢といひて、心たくみにて、石たてかざりくるまの風流などするもの侍りき。うたへ申すことありて、蔵人頭にて、雅兼中納言のおはしける時、かの家にいたり侍りけるに、大原のたきの哥こそ、いとをかしくきこえしかど、侍りけるに、うれへ申すことは、いかでも侍りなん。このおほせこそ、身にしみて、うれしく侍れとてなん限りなくよろこびていでにける。その哥は、はなぞのゝおとゞの、大原の房の、たきみにいりたまへりけるに、
今よりはかけておろかにいはしみづ御らんをへつるたきのしらいと 、 ゝよめりけるとぞ。たはぶれごとのやうなれども、ことざまの、をかしくきこえ侍れば、申し侍るになん。つのかみ範永といひし人は、いづれの山里にか、夕ぐれに、庭におりて、とゆきかうゆき、しあるきて、
あはれなるかな<。とたび<ながめければ帯刀節信といひしが、日くるれば、ところ<”のかねのこゑ、
とつけたりければあなふわいとなんいひける。そのかみゐでのかはづをとりてかひけるほどに、そのかはづ、身まかりにければほしてもたりけるとかや。 いづれのいつきの宮とか。〔いづれのだいじんげにかありけむ。をとこのしのびてつぼねまちにいりをりければまへわたりするひとありて、かたはらのつぼねにたちとどまりて、まゆみまゆみとしのひによひけれど、いらへざりければうちにも、おどろかすおとほのかにきこえけり。よひかねて、すぎざまに、
いたくねいるはまゆみなりけり。とくちずさみければうちに。やといひてひけどさらにぞおどろかぬ。
とひとりごちけるこそ、いとやさしくきこえけれ。たれともしらでやみにき。はなやかにいひかはすおとはなくて、こころにくかりしひとかなとぞかたりける。ききけるをとこは、もりいへといひしひととかや。いづれの〕人のまゐりて、いまやうゝたひなど、せられけるに、すゑつかたに四句の神哥うたふとて、
うゑきをせしやうはうぐひすゝませんとにもあらず。
とうたはれければ心とき人などきゝて、はゞかりあることなどや、いでこんと思ひけるほどに、 くつ<かうなるなめすゑて、そめがみよませんとなりけり
とぞうたはれたりけるが、いとその人うたよみなどには、きこえざりけれども、えつるみちになりぬれば、かくぞはべりける。この事刑部卿とか。人のかたられ侍りしに、侍従大納言と申す人も侍りしが、さらばことわりなるべし。 菩提樹院といふ寺に、ある僧房の、いけのはちすに、鳥の子をうみたりけるをとりて籠にいれて、かひけるほどに、うぐひすのこより入りて、ものくゝめなどしければうぐひすのこなりけりと、しりにけれど、子はおほきにておやにもにざりければあやしくおもひけるほどに、子のやう<おとなしくなりて、ほとゝぎすと、なきければむかしより、いひつたへたるふるきこと、まことなりと思ひて、ある人よめる、
親のおやぞいまはゆかしき郭公はや鴬のこは子也けり
とよめりける。万葉集の長哥にうぐひすのかひこの中のほとゝぎす、などいひて、このことに侍るなるを、いとけふあることにも侍るなるかな。蔵人実兼ときこえし人の、匡房の中納言の物がたりにかける文にも、中ごろの人、このことみあらはしたることなど、かきて侍とかや。かやうにこそ、つたへきくことにて侍を、まぢかく、かゝることにて侍らんこそ、いとやさしく侍るなれ。右京権太夫頼政といひて、哥よめる人の、さることありときゝて、わざとたづねきて、その鳥の籠に、むすびつけられ侍りけるうた、
鴬のこになりにける時鳥いづれのねにかなかんとすらん
万葉集には、ちゝにゝてもなかず。はゝにゝてもなかず。と侍なれば、うぐひすとは、なかずや有りけんなど、いとやさしくこそ申すめりしか。