大将殿としわかくおはして、なにごともすぐれたる人にて、御心ばへもあてにおはして、むかしはかゝる人もやおはしけん。この世にはいとめづらかに、かくわざとものがたりなどに、つくりいだしたらんやうにおはすれば、やさしくすき<”しきことおほくて、これかれ、 そでよりいろ<のうすやうにかきたるふみの、ひきむすびたるがなつかしきかしたる、ふたつみつばかりづゝとりいだして、つねにたてまつりなどすれば、これかれ見給ひて、あるは哥よみ、いろこのむ君だちなどに、みせあはせ給ひて、このてはまさりたり。うたなどもとり<”にいひあへり。あるはみせ給はぬもあるべし。又兵衛のかみや、少将たちなど、まゐり給へば、かたみに女のことなど、いひあはせつゝ、あまよのしづかなるにも、かたらひ給ふをりもあるべし。月あかき夜などは、車にて御随身ひとりふたりばかり、なに大夫などいふひとゝもにかはる<”かちよりあゆみ、御車にまゐりかはりつゝ、ふるきみやばら、あるはいろこのむ所々にわたり給ひつゝ、人にうちまぎれてあそびたまふに、びは笙のふえなどは、人もきゝしりなんとて、ことひきふえなどぞし給ひける。あるをりは、うたよむごたちまうでかよひける中に、ほいなかりけるにや。女、
かねてより思ひし物をふしゝばのこるばかりなるなげきせんとは
とてたてまつりたりければやがてふししばとつけ給ひて、をりふしには、おとづれたてまつりければこよひはふししばは、おとすらむものをなどあるに、すぐさず哥よみてたてまつりなどして、いたきものとて、つねに申しかはす女ありけり。つちみかどのさきのいつきの御もとに中将のごとかいひけるものとかや。きたのかたは、てかきうたよみにおはして、いというなる御なからひになむありける。あまりほかにやおはしけんときこえしは、鳥羽院くらゐの御ときに、大将殿きくをほりにやりて、たてまつり給ひけるに、うすやうにかきたるふみの、むすびつけてみえければみかど御らんじつけて、かれはなにぞ。とりてまゐれと、蔵人におほせられけるに、おほい殿は、ふと心えていろもかはりて、うつふしめになりたまへりけるほどに、みかどひろげて御らんじければ、
こゝのへにうつろひぬとも菊の花もとのまがきを忘ざらなん
とぞありける。きさいの御あねにおはすればとき<”まゐりかよひ給ふにつけつゝ、しのびてきこえ給ふことなども、おはしけるなるべし。むかしのみかどの御よにも、かやうなる御ことはきこえて、なほ<などおほせられければあまりなることもはべりけるやうに、これもおはしけるにや。とのゝいろこのみ給ふなど、おほかたうへはのたまはせず、へだてもなくて、ふみどもとりいれて、哥よむ女房にかへしせさせなどし、うへのめのとのくるまにてぞ女おくりむかへなどしたまひける。殿もこゝかしこにありき給ひ ける、いへの女房どもゝ、をとこのもとよりえたるふみをも、そのきたのかたに申しあはせて、うたの返しなどし給ひける。小大進などいふいろごのみのをとこのもとよりえたる哥とて申しあはせける、あまたきこえしかど、わすれておぼえ侍らず。あぜちの中納言とかいふ人の、おほやうなるも、哥などつかはしけるかへりごとに、小大進、
なつ山のしげみがしたの思ひぐさ露しらざりつこゝろかくとは
などきゝ侍りし。くちとく哥など、をかしくよみて、いづみ式部などいひしものゝやうにぞ侍りし。伊与のごとて侍りしも、中院の大将のわかくおはせしほどに、ものなどのたまひてのちには、やましろとかいふ人に、物いふときゝ給ひて、さきにも申し侍りつる、みとせもまたで、といふ哥よみ給へりしぞかし。かやうにいろこのみたまへるごたち、おほくこそきこえ侍りしか。