三宮の御子は、中宮太夫師忠の大納言の御むすめのはらに、はなぞのゝ左のおとゞとておはせしこそ、ひかる源氏なども、かゝる人をこそ申さまほしくおぼえ給へしか。まだをさなくおはせしほどは、わか宮と申ししに、御のうも御みめも、しかるべきことゝみえて、人にもすぐれ給ひて、つねにひきもの、ふき物などせさせ給ひ、又詩つくり、うたなどよませ給ひけるに、庭の桜さかりなりけるころ、こきむらさきの御さしぬきに、なほしすがたいとをかしげにて、われもよませ給ひ、人にもよませさせ給ふとて、
をしと思ふ花のあるじをおきながら我がものがほにちらすかぜ哉
とよみ給ひたりければちゝの宮みたまひて、まろをおきながら、花のあるじとは、わか宮はよみ給ふかなど、あいし申し給ひけるとぞ人のかたり侍りし。御とし十三になり給ひし時、うゐかぶりせさせ給ひしは、白河院の御子にし申させ給ひて、院にて基隆の三位の、はりまのかみなりし、はつもとゆひしたてまつり、右のおとゞとてこがのおとゞおはせし、御かうぶりせさせたてまつり給ひけり。御みめのきよらかさ、おとなのやうに、いつしかおはして、みたてまつる人、よろこびのなみだも、こぼしつべくなんありける元永二年にや侍りけん。なかの秋のころ、御とし十七とや申しけん。はじめて源氏の御姓たまはりて、御名は有仁ときこえき。やがてその日、三位中将になり給ひて、そのとしの十一月のころ、中納言になり給ひて、やがて中納言中将ときこえき。むかしもみかどの御子、一の人のきんだちなどおはすれど、かく四位五位などもきこえ給はで、はじめて三位中将になり給ふ。としのうちに中納言中将などは、いとありがたくや侍らん。又そのつぎのとし、保安元年にや侍りけん。大納言になり給ひて、としをならべて右近大将かけ給ひき。よの人宮大将など申して、みゆきみる人は、 これをなんみものにしあへることに侍りし。白河の花見の御幸とて侍りし和哥の序は、この大将殿かきたまへりけるをば、世こぞりてほめきこえ侍りき。
低枝をりてささげもたれば、紅蝋のいろてにみてり。 落花をふみて佇立すれば、紫麝の気衣に薫ず。 などかき給へりける、その人のしたまへることゝおぼえて、なつかしういうにはべりけるとぞ。御哥もおぼえ侍る、
かげきよき花のかゞみとみゆる哉のどかにすめる白川の水
とぞきゝ侍りし。管絃はいづれもし給ひけるに、御びは笙のふえぞ、御あそびにはきこえ給ひし。すぐれておはしけるなるべし。御てもよくかき給ひて、しきしかた、てら<”のがくなどかきたまへりき。中納言になり給ひしをりにや。三のみこかくれ給ひにしは、法皇の御子とて、御ぶくなどもし給はざりけるとかや。又うすくてやおはしけむ。院うせさせ給ひしにぞいろこくそめ給へりける。まだつかさなども、きこえ給はざりしほどは、つねに法皇の御くるまのしりにぞのり給ひて、みゆきなどにもおはしける。さやうの御つゞきをおぼしいだしけるにや。院の御いみのほどまゐり給ひて有りけるとき、みなみおもてのかたに、ひとりおはして、さめ<”と、なきたまひて、御てして、なみだをふりすてつゝおはしける、ものゝはざまよりのぞきて、あはれなりしと人のかたり侍りし。寛能のおとゞは、きたのかたのせうとにおはして、あさゆふなれあそびきこえ給ひければ左兵衛督など申しけるほどにや五月五日大将殿、
あやめ草ねたくも君がとはぬ哉けふは心にかゝれと思ふに
など心やりたまへるも、いとなつかしく、この大将殿は、ことのほかに、えもんをぞこのみ給ひて、うへのきぬなどのながさみじかさなどのほどなど、こまかにしたゝめ給ひて、そのみちにすぐれたまへりける。おほかたむかしは、かやうのこともしらで、さしぬきもなかふみて、えぼうしも、こはくぬることもなかりけるなるべし。このころこそ、さびえぼうし、きらめきえぼうしなど、をり<かはりて侍るめれ。白川院は、御さうぞくまゐる人など、おのづからひきつくろひなどしまゐらせければさいなみ給ひけるときゝ侍りし。いかにかはりたるよにかあらむ。とばの院このはなぞのゝおとゞ、おほかたも御みめとり<”に、すがたもえもいはずおはしますうへに、こまかにさたせさせて、世のさがになりて、かたあてこしあて、えぼしとゞめ、かぶりとゞめなどせぬ人なし。又せでもかなふ べきやうもなし。かうぶりえぼうしのしりは、くもをうがちたれば、さらずはおちぬべきなるべし。ときにしたがへばにや。このよにみるには、そでのかゝりはかまのきはなど、つくろひたてたるはつき<しく、うちとけたるは、かひなくなんみゆる。えもんの雑色などいひて、蔵人になれりしも、この御いへの人なり。うへの御せうとの君たち、わか殿上人ども、たえずまゐりつゝあそびあはれたるはさることにて、百大夫とよにはつけて、かげぼしなどのごとく、あさゆふなれつかうまつる。ふきもの、ひきものせぬはすくなくて、ほかよりまゐらねど、うちの人にて御あそびたゆることなく、伊賀大夫、六条太夫などいふ、すぐれたる人どもあり。哥よみ、詩つくりもかやうの人どもかずしらず。越後のめのと、小大進などいひて、なだかきをんなうたよみ、いへの女房にてあるに、きんだちまゐりては、くさりれんがなどいふことつねにしらるゝに、三条のうちのおとゞの、まだ四位少将などのほどにや。
ふきぞわづらふしづのさゝやを、
とし給ひたりけるに中務少輔實重といふもの、つねにかやうのことに、めしいださるゝものにて、
月はもれ時雨はとまれとおもふには、
とつけたりければいとよくつけたりなど、かんじあひ給ひける。又ある時、
ならのみやこをおもひこそやれ。
といはれはべりけるに、大将殿、
やへざくら秋のもみぢやいかならむ。
とつけさせ給ひけるに、ゑちごのめのと、
しぐるゝたびに色やかさなる。
とつけたりけるものちまでほめあはれ侍りけり。かやうなること、おほく侍りけり。そのゑちごは、さこそはかりの人はつらけれといふうたなどこそ、やさしくよみてはべりけれ。かやうなること、かずしらずこそきこえ侍りしか。