今鏡 - 60 堀河の流れ

ほりかはの左のおとゞの御子は、太郎にては師頼大納言とておはせし、御母中将実基のきみの御むすめなり。ふみなどひろくならひ給ひて、ざえおはする人にておはしき。中弁より宰相になり給ひて、ひら宰相にて、前の右兵衛督とて、とし久しくおはしき。としよりてぞ中納言大納言などにひきつゞきて、ほどなくなり給ひし。このゑのみかど、春宮にたゝせ給ひしかば母ぎさきの御ゆかりにて、太夫になり給へりき。うたをぞくちとくよみ給ひける。はやくけさうし給ふ女の百首よみ給ひたらば、あはんといふありけるに、だいをうちよりいだしたりけるにしたがひて、よひよりあか月になるほどに、よみはて給ひたりけるに女かくれにけるぞ、いとくちをしかりける。周防内侍がゆかりなりければ内侍のとがにぞきく人申しける。大納言の御子は師能の弁とて、わかさのかみ通宗のむすめのはらにおはしき。そのあにおとゞに、師教師光などきこえ給ふ、三井寺に 證禅已講とて、よき智者おはしける、うせ給ひにけり。もろみつは小野宮の大納言能実のうまごにて、をのゝをみやの侍従など申すにや。大納言のつぎの御おとうとも、師時の中納言と申しし、そのはゝ侍従宰相基平のむすめなり。それも詩などよくつくり給ふなるべし。大蔵卿匡房と申ししはかせの申されけるは、このきみは、詩の心えてよくつくり給ふとぞ、ほめきこえける。からのふみものし給へることは、あにゝはおとり給へりけれど、日記などはかりなく、かきつめ給ひて、このよにさばかりおほくしるせる人なくぞはべるなる。そのふみどもは、うせ給ひてのち、鳥羽院めして、鳥羽の北殿におかせ給へりけるに、権太夫とかきつけられたるひつども、かずしらずぞ侍りける。宗茂菅軒などいひしがくさうの、上官なりしときはこのきみでしにおはして、くるまなどかしたまへりければ外記のくるまは、上らうしだいにこそたつなるを、中将殿のくるまとて、うしかひ一にたてゝ、あらそひなどしける、哥よみにもおはして、あにの大納言も、この君も、堀河院の百首などよみ給へり。為隆宰相は、大弁にて中納言にならんとしけるにも、宰相中将なれども、大弁におとらず、何ごともつかへ、除目の執筆などもすれば、うれへとゞめなどし給ひける。おほかたのものゝ上ずにて、鳥羽の御堂のいけほり、山づくりなど、とりもちてさたし給ふとぞきこえ侍りし。ゆゝしくうへをぞおほくもち給へると、うけたまはりし、六七人ともち給へりけるを、よごとにみなおはしわたしけるとかや。冬はすみなどをもたせて、火おこしたる、きえがたにはいでつゝよもすがらありきたまひて、あさいをむまときなどまでせられけるとぞ。さてそのうへどもみななかよくていひかはしつゝぞおはしける。この中納言の御子は、中宮太夫師忠のむすめのはらに、師仲中納言とておはする、右衛門督のいくさおこしたりしをり、あづまにながされたまひて、かへりのぼりておはすとぞ、このあにども、少納言大蔵卿などきこゆる、あまたおはしき。おほいどのゝ御子は、入道中納言師俊とておはしき。大弁の宰相より中納言になりて、治部卿など申ししほどに、御やまひによりて、かしらおろし給ひて、たうのもとの入道中納言とぞきこえ給ひし。それもものよくならひ給ひて、詩などよくつくり給ふ。詩よみにもおはしき。このあにおとうとたち、かやうにおはすることわりと申しながら、いとありがたくなん。延喜天暦二代のみかど、かしこき御よにおはしますうへに、ふみつくらせ給ふかたも、たへにおはしますに、なかつかさの宮、又すぐれ給へりけり。つちみかどとの、ほりかはどの、あひつぎて、御身のざえふみつくらせ給ふかたも、すぐれ給へるに、つちみかど殿は、ざえすぐれ ほりかは殿は、ふみつくり給ふこと、すぐれておはすとぞきこえ給ひける。この大納言中納言たちかくつかへ給ひて、六代かくおはする、いと有がたくやんごとなし。この大納言中納言殿たちの詩も哥も、集どもにおほく侍らん。中納言の御子は、少納言になり給へりし、のちは大宮亮とぞきこえける。そのおとうとは、寛勝僧都とて、山におはしけるこそ、あめつちといふ女房の、みめよきがうみきこえたりければにや。みめもいときよらに、心ばへもいとつき<しき学生にて、山の探題などいふこともしたまひけるに、あるべかしくいはまほしきさまに、いとめでたくこそおはしけれ。説法よくし給ひけるに人にすぐれても、きこえ給はざりしかど、あるところにて、阿弥陀仏しやくし給ひしこそ、法文のかぎりし給へば、きゝしらぬ人は、なにとも思ふまじきを、をとこも、女も、身にしみてたふとがり申して、きゝしりたるは、かばかりのことなしとおもひあへり。天台大師の經をしやくし給ふに、四の法文にて、はじめ如是より、經のすゑまでくごとにしやくし給へば、そのながれをくまん人のりをとかん。そのあとを思ふべければとて、はじめには因縁などいひて、さま<”の阿弥施仏をときて、むかし物がたりときぐしつゝ、なにごとも我心よりほかのことものやはある。ことの心をしらぬは、いとかひなし。あさゆふによそのたからをかぞふるになんあるべきなどとき給ひし、おもひかけず、うけたまはりしこそ、よゝのつみもほろびぬらんかしとおぼえ侍りしか。