今鏡 - 59 うたたね

ふぢなみの御ながれの、さかえたまふのみにあらず、みかど一の人の御はゝかたには、ちかくは源氏の君だちこそ、よきかんだちめどもはおはすなれ。ほりかはのみかどの御母、賢子の中宮は、おほとのゝ御子とて、まゐり給へれど、まことは六条の右のおとゞの御むすめなり。きさきの御ことはみかどのついでに申し侍りぬ。そのゆかりのありさま、みなもとをたづぬれば、いとやんごとなくなん侍る。むらかみのみかどの御子になかつかさのみこと申ししは、六条の宮とも後中書王とも申す。この御ことなり。ふみつくらせ給ふこと、よにすぐれたまへりき。御哥も世々の集どもにみえ侍るらん。その御子に、つちみかどの右のおとゞと申ししは、はじめて、みなもとの姓えさせ給ひて、師房のおとゞときこえさせ給ひき。御身のざえも たかく、文つくらせたまふかたもすぐれ給ひて、野のみかりのうたの序など人のくちにはべるなり。又月のうたこそ、こゝろにしみてきこえ侍りしか。
  有明の月まつほどのうたゝねは山のはのみぞゆめにみえける
すき<”しきかたのみにあらず、土御門の御日記とて、世の中のかゞみとなんうけ給はる。みかど一の人の御よそひども、その中にぞおほく侍るなる。御堂の御むすめは、おほくきさき、國母にてのみおはしますに、このとのゝきたのかたのみこそ、たゞ人はおはしませば、いと<やんごとなし。その御はらに、ほりかはの左のおとゞ俊房、六条の右のおとゞ顯房と申して、あにおとうとならびたまへりき。ほりかはどのは、さいかくたかくおはして、ふみつくりたまふこと、すぐれてきこえ給ひき。六条殿は、うたよみにぞおはして、判などし給ひき。よのおぼえあによりもまさり給ひて、大納言の大将、中宮のおほんおやにておはせしに、大臣あきて侍りけるを、白川のみかど、おぼしわづらはせ給ひて、日ごろすぎけるに、匡房の中納言に、おほせられあはせければほりかはの大納言をなさせ給へと、うちいだして申しければみかどおほせられけるは、おとうとゝなれども、右大将中宮の御おやにて、このたびならずは、法師にならんといふなり。又上らうども有りて、われこそなるべけれなどいへば、それもすてがたきなりと、おほせられければ大納言大臣になり侍ることは、かならずしも一二といふこと侍らず。なるべき人をえりて、なされ侍るなり。又國のつかさへたる人いかゞなど申し侍りければすがはらのおとゞもさぬきのかみぞかしとおほせられければ江帥申しけるは、はかせはべちのことに侍り。又さいかくたかく侍らんあにを大臣になさせ給はんに、出家するおとうともよに侍らじと申しければ堀川殿はなり給へりけるとぞ。六条のおとゞは、そのゝちにぞなり給ひし。中宮の御おや、ほりかはのみかどの御おほぢにていとめでたくおはしき。のちには大将をば、太政のおとゞの大納言におはせしに、ゆづり申し給ひて、行幸につかうまつり給へりしこそ、いとめづらかに侍りしか。おそくまゐり給ひて、道にて車よりおりて、馬にのり給ひしかば、大将殿よりはじめて、みなおり給へりしに、盛重といひしが、左衛門尉なりしと、行利といふ随身の、陣につかうまつりしを、あがり馬にのせて、さきにぐせさせたまへりければなほ大将にてわたり給ふとぞみえける。このあにおとうとのおほいどの、少将におはしけるとき、隆俊治部卿、御むこにとり申さんと思て、そのときめしひたる相人ありけるに、かのふたりいかゞさうしたてまつりたる と問はれければともによくおはします。みな大臣にいたり給ふべき人なりといひけるを、いづれかよにはあひ給ふべきと、とはれけるに、おとうとはすゑひろく、みかど一の人も、いでき給ふべきさうおはすと申しければ六条殿をとり申したるとぞきゝ侍りし。そのかひありて、みかど関白も、その御すゑよりいでき給へり。ゆきふりのみゆきに、おそくまゐり給ひて、ゆきみんとしもいそがれぬかな。とよみたまへるこそ、いとやさしく、むかしの心ちし侍れ。よる女のもとにわたり給へりけるに、かねてもなくて、かどにくるまのたえずたちければそれをめしていでたまひければもりしげといひしが、いでさせたまふみちに、つねはふしたりければかならずおくれたてまつることなかりけるに、ゐ中さぶらひと、もりしげとふたりともにぐして、いでたまひけるに、馬にのれりけるものゝ、おりざりければゐ中人、ともしたるついまつして、うちおとさんとしけるを、たけきものゝふども、おほくぐしたりけるが、御くるまによらんとしけるを、もりしげ御車のもとにて、皇后宮太夫殿のおはしますぞ。あやまちつかうまつるなといひければまどひおりて、さな<まかりのきねといひければすぎ給ひにけり。つぎの日のゆふぐれに、頼治といひしむさの、おほいどのはまゐりて、御門のかたにて、もりしげたづねいだしてよべかしこく御おんかぶりて、あやまちをつかうまつるらんにとて、かしこまり申しにまゐりたる也。かくとはな申したまひそといひけれど、おほいどのに申したりければめしてみきすゝめなどしたまひけるとぞ。盛重が子盛道といひしはかたりける。