今鏡 - 56 花散る庭の面

春宮大夫の六郎にやおはすらん。左大臣實能のおとゞ、これも左衛門督山の座主、女院なんどのひとつ御はらからにて、二位の御子におはす。大井のみかどのおとゞとも徳大寺のおとゞとも申すなるべし。御みめも心ばへもたをやかに、いとよき人におはしき。あによりもなつかしく、いうなる人におはせしを、ふみなどつくり給ふことはおはせねど、哥などよくよみ給ひき。恋の哥のなかにも、いうにきこえ侍りしは、うつゝにつらき心なりとも、また命だにはかなからずはなどもきこえ侍りき。又思ふばかりのいろにいでばなど、よき哥とこそきゝ侍れ。又あひみしよはのうれしさになどもきこえ侍りき。こゑもよくおはしけるにや。御あそびにはひやうしとり給ふなどぞうけ給はりし。にはこそ花のなどいふもこの御哥とこそおぼえ侍れ。世のおぼえもことの外におはしき。むかひばらにておはするうへに、人がらよくおはすればにや。三位中将へ給へるもことのほかの御おぼえなり。このころこそ、おほくきこえたまへ。關白つぎ給ふべき人などはなちては、さることも侍らぬにいとめづらしく侍りき。大納言の大将になり給へりしも、ちかくたゞびとのなり給ふこともなきに、いとめづらかになん侍りし。左大臣までなり給へる、閑院のおとゞの後は四代なりたえ給へるに、このとのゝ大将になりはじめ給ひて、あにの太政のおとゞ、この左のおとゞ、右大臣内大臣になりはじめ給ひて、公達もおの<なり給へり。あにの太政のおとゞ、あぜちの大納言とておはせし、大将おとうとになられてこもり給ひしに、一の大納言忠教、二の大納言実行、三にて雅定、第四實能の大納言おはせし、上らう三人をおきて、大将になり給ひしかば、實行、雅定ふたりはいりこもりておはせしを、中院の源大納言雅定、左大将に成り給ひてのちこそ、實行雅定右大臣内大臣になり給ひしか。いづれの中納言とかのまづ右のおとゞの御よろこびに、おはしたりければそのいへのかどに、うま車おほくたちなみて、にはかによつあしたつとて、ことかどよりいりたるにみやりたればかくれのかたまでひきつくろひて、をとこ女いろ<にとりさうずきて、はきのごひなどして、ゆゝしくはなやかにみえけるに、かくと申しいれたれば、ひさしうありて、えぼしなほしにてものがたりまめやかにきこえて、院の御心ざし、かたじけなくなどいひて、はなうちかみて、よろこびのなみだおしのごひつゝしのびあへぬ御けしきなるに、ほどもへぬれば、やう<しりぞきいでゝ、つぎに中院にわたりて、うちのおとゞの、 御よろこび申し給ひければ中門のらうにいぬのあしがたやつこゝのつありて、さりげなるけしきもせず、さぶらひよびいだして、申しいれたれば、つかひにとりつゞきて、はんしりなるかりぎぬにていで給ひて、よろこびにわたり給へるか。大臣は大饗など申してだいじおほかり。なにかとぶらひ給ふなどいひちらしてやみ給ひにけり。ふたりの人のかはられたりしさまこそとかたられけるとなん。徳大寺のおとゞの御子は、右大臣公能のおとゞ、その御はゝ按察中納言顕隆ときこえしむすめにおはす。此のおとゞ、管絃もみのざえも、かた<”おはすときこえき。おやおほぢなどはざえおはせぬに、詩などつくり給ひ、みめも心ばへも、いというなる人にぞおはしける。中納言の大将になりて、右大臣までなり給へりき。このおとゞは、わかくよりこゑもうつくしく蔵人少将などいひて、五節のえんすいのいまやうなどに、権現うたひ給ひける。内侍所のみかぐらの、拍子とりなどし給ひけるも、ほそき御こゑ、いとをかしくぞ侍りける。むねとは詩つくり給ふ事をこのみて、中将などきこえ給ひしとき、きたのゝ人のゆめに、ひさしくこそ、詩などかうずる人なけれとの給はすとて、野径只青草とかいふ詩、はかせ学生など、あまたまうでゝかうじけるに、とし二十にすこしあまり給へる、わかき殿上人の、みめはいとをかしくて、うへの御ぞなどなよらかにきなしたまへるに、ほそたちひらをなど、しなやかにて、まじり給へる、神もいかゞごらんとぞおぼえける。しだいに朗詠したまへりけるなかに、はなやかなる御こゑして、羅綺の重衣たるとうちいでたまへりける、としおいたる人など、なみだをさへながして、むしろこぞりて、めでおもへり。又讃岐のみかど、くらゐにおはしましけるとき、きさいのみやの御かたにて、管絃する殿上人どもめして、よもすがらあそばせ給ひけるに、おほとのもおはしまして、朗詠つかまつれとおほせられけるに、このおとゞの中将など申しけるときに、大公望か周文にあへるといだし給へりけるこそ。御こゑもうつくしう、みかど一の人の事にて、そのよしあることのいうにきこえ侍りける。蔵人の頭より宰相になり給ひしに、中将をぞもとのことなれば、かけ給ふべかりしにみちをへんとにや右大弁になり給へりき。いと身にもおひ給はずなど、思ふ人もありけるに、侍従になりそへ給ひて、たちはき給へるなど、心のまゝにおはせしさま、ことにつけてあらまほしくおはしき。蔵人頭におはせし時も、殿上の一寸物し日記のからひつに、日ごとに日記かきていれなどして、ふるきことをおこさんとし給ふとぞきこえ給ひし。