今鏡 - 08 司召し

このつぎの御かど後三条院にぞおはしましゝ。まだ御子におはしましゝとき、ちゝの御門後朱雀院、さきのとしの冬よりわづらはせ給ひて、むつきの十日あまりのころ、位さらせ給ひて、みこの宮にゆづり申させたまふとばかりにて、東宮の立たせ給ふ事は、ともかくも聞こえざりけるを、能信大納言とて、宇治どのなどの御おとうとの、たかまつのはらにおはせしが、御前に参りて、二宮をいづれの僧にか付けたてまつり侍るべきと、聞こえさせ給ひけるに、坊にこそはたてめ。僧にはいかゞつけん。関白の春宮の事はしづかにといへば、のちにこそはとおほせられけるを、けふ立たせ給はずは、かなふまじきことに侍りと申したまひければ、さらばけふとてなん東宮は立たせ給ひける。やがて太夫には、その能信大納言なりたまへりき。君の御ため、たゆみなくすゝめたてまつり給へりけん。いとありがたし。されば白河院はまことにや。太夫どのとぞおほせられけるとぞ人は申し侍りし。二宮とは後三条院の御事なり。このみかどは、後朱雀院の第二の皇子におはします。御母大皇太后宮、禎子の内親王と申。陽明門院この御事也。みかど寛徳二年正月十六日に、春宮に立たせ給ふ。御とし十二、治暦四年四月十九日位につかせ給ふ。御年卅五、大極殿もいまだつくられねば、太政官の廰にて、御即位侍りける。世を治めさせ給ふ事、昔かしこき御世にもはぢずおはしましき。御身のざえは、やむごとなきはかせどもにもまさらせ給へり。東宮におはしましける時、匡房中納言まだ下らうに侍りけるに、世をうらみて、山のなかに入りて、世にもまじらじなど申しければ、つねたふの中納言と申しし人の、われはやむ事なかるべき人なり。しかあらば世のため身のため、くちをしかるべしといさめければ、宇治のおほきおとゞ、心得ずおぼしたりけれど、春宮に参り侍りければ、宮もよろこばせ給ひて、やがて殿上して、人のよそひなど借りてぞ、ふだにもつきける。さてよるひる文のみちの御ともにてなん侍りける。位につかせたまふはじめに、つかさもなくて、五位の蔵人になりたりければ、蔵人の式部大夫とてなむ。あきたるにしたがひて、 中つかさの少輔にぞなり侍りける。大貮實政は、春宮の御時の学士にて侍りしを、時なくおはしませば、かまへて参りよらぬことになんとおもひけるに、さすがいたはしくて、かひのかみに侍りければかの国よりのぼりて、参るまじき心がまへしけるに、くだりけるに、餞せさせたまふとて、
  州民縦發甘棠詠莫忘多年風月遊 、 とつくらせたまへりけるになん。えわすれ参らせざりける。かんたうの詠とは、から国にくにのかみになりける人のやどれりける所に、やまなしの木のおひたりけるを、その人のみやこへかへりてのち、まつりごとうるはしく、しのばしかりければ、このなしの木きる事なかれ。かの人のやどれりしところなり。といふうたをうたひけるとなん。さてみかどくらゐにつかせ給ひてのち、左中弁にくはへさせ給へと申しければ、つゆばかりも、ことはりなきことをばすまじきに、いかでかゝることをば申すぞ。正左中弁にはじめてならむ事、あるまじきよしおほせられければ、蔵人の頭にて、資仲の中納言侍りけるが、かさねて申しけるは、さねまさ申す事なん侍る。木津のわたりの事を、一日にても思ひしり侍らんとそうしければ、その折おもほししづめさせたまひて、はからはせたまふ御けしきなりけり。昔さねまさは春宮のかすがのつかひにまかりくだりけり。隆方は弁にてまかりけるに、さねまさまづふねなどまうけてわたらんとしけるを、たかかたおしさまたげて、まちさいはひするもの、なにゝいそぐぞなど、ないがしろに申し侍りければからくおもひて、かくなんと申したりけるを、おもほし出だして、このことはりあまてる御神に申しうけんとて、左中弁にはくはへさせたまひてけり。たかゝたはかりなき心ばへにて、殿上につかさめしのふみ出だされたるを、かんだちめたち、かつ<見たまひて、なにゝなりけり。かれになりにたり。などのたまはせけるをたかかたつかうまつりて侍らんなどえたりがほに云ひけるを、さもあらぬものゝかみにくはゝりたるぞなど人々侍りければうちしめりて出でにけり。つぎのあしたの陪膳は隆方が番にて侍りけるを、よも参らじ。こと人をもよほせとおほせられけるほどに、むまのときよりさきに、たかゝた参り〔て〕侍りければ、みかどさすがにおもほしめして、日ごろは御ゆする召してうるはしく御びんかゝせ給ひて、たしかにつかせたまふ御心に、けふは待ちけれども、ほど過ぎて出でさせたまへりけるに、陪膳つかうまつりて、弁も辞し申して、こもり侍りにけりとなん。御代のはじめつかたのことにや侍りけん。だいり焼亡の侍りけるに、殿上人、かんだちめなども、さぶらひあひ たまはぬほどにて、南殿に出でさせたまへりけるに、御らんじも知らぬもの、すくよかにはしりめぐりて、内侍どころ出だしたてまつり、右近陣に、みこしたづね出だして、御はしに寄せて、載せたてまつりなどしければ、おのれはたれぞと問はせ給ひけるに、右少弁正家と申しければ、弁官ならば、ちかくさぶらへとぞおほせられける。正家匡房とて、時にすぐれたるひとつがひのはかせなるに、匡房はあさゆふさぶらひけり。これは御らんじもしられまゐらせざりけるにこそ。つかさをさへ具して、なたいめん申しけむ、折ふしにつけて、いとかどあるこゝろばへなるべし。さてこそ、これかれの殿上人かんだちめ、そくたいなるも、又なほしかりぎぬなどなる人も、とりもあへずさま<”に、参りあつまりたりけれ。となむ聞こえはべりし。