二条のみかどと申すは、この院の一のみこにおはしましき。このをさなくおはします新院の御おやにおはします。その御はゝ左大臣有仁のおとゞの御むすめ、まことの御おやは、つねざねの大納言におはす。このみかど、東宮にたゝせ給ひて、保元三年八月十一日、位につかせ給ひき。御とし十六とぞ、うけ給はりし。十二月廿日御即位ありて、 としもかへりにしかば、正月三日、てうきんのみゆきとて、院へ行幸せさせたまふ。廿一日、ことしも内宴ありて、かんだちめ七人、四位五位十一人、ふみつくりてまゐるときこえ侍りき。序は永範の式部大輔ぞかゝると、うけたまはりし、題は花下哥舞をもよほすとかや。法性寺のおとゞ奉りたまへりとぞきこえ侍りし。舞姫ことしはうるはしき女まひにて、日ごろよりならはされけるとぞ、聞え侍りし。みちのりのだいとく、楽のみちをさへこのみしりて、さもありぬべき女どもならはしつゝ、かみのやしろなどにもまゐりてまひあへりときゝ侍りしに、ゆかしく見ばやと思ひはべりしかど、おいのくちをしき事は、心にもえまかせ侍らで、さるところどもにえまゐりあはで、みはべらざりき。この御なかには、さだめて御覧ぜさせ給ひけんかし。かの入道ことにあひ、よにあさましき事どもいでまうできてぞ内宴もたゞふたとせばかりにて、おこなはれぬ事になりて侍るにこそ。そのことのとがにやはべらん。猶もあらまほしき事なれどかつはしたつる人もかたく、久しくたえたる事をおこなはれて、世のさわぎもいできにしかば、時におはぬ事とてはべらぬにや。春のはじめに詩つくりて、かんだちめよりしもざま、たてまつる事、かしこき御時、もはらあるべき事也。さることもはべらば、なほいみじかるべし。二月廿四日、きさきたち給ひき。鳥羽院の姫宮にて、高松院、東宮の御時より女御におはしましゝ。中宮にたち給ひて、もとの中宮は院のきさき、公能右大臣の御むすめ、皇后宮にあがり給ふ。ことしぞ大嘗會ときこえ侍る。御かた<”さぶらひあはせ給へりしも、みなまかりいでさせ給ひにき。此の御時は、いまだ御かた<”も、おはしまさぬほどなれば、上は清凉殿ばかりに、つねのやうにおはしまして、藤つぼには、中宮ぞおはしましける。とのゝ御とのゐ所は、猶せんえうでんなり。いづくもひろらかにて、いとめでたくきこえ侍りしに、そのとしのしはすに、あさましきみだれ、宮このうちにいできにしかば、世もかはりたるやうにて、少納言の大とくもはかなくなり、めでたくきこえしかんだちめ、近衛のすけなどきこえし子ども、あるはながされ、あるは法しになりなどして、いとあさましきころ也。のぶよりのゑものかみと申ししは、かの大徳がなかあしくて、かゝるあさましきを、しいだせるなりけり。御おぼえの人にて、いかなるつかさもならんと思ふに、入道いさむるをいぶせく思て、いくさをおこしたりけるを、大とこさとりて、ゆくかたしらずなりにけるに、かのみかきもりも、そのむくひに、おもはぬかばねになむなりにける。いとあさましとも、ことばもおよばぬ事なるべし。



