此みかど御みめも、御心ばへもいとなつかしくおはしましけるに、すゑになりて、御めを御らんぜざりければ、かた<”御いのりも御くすりもしかるべきにやかひなくて、すゑざまには、としのはじめの行幸なども、せさせ給はずなりにけり。摂政殿たぐひなくおもひたてまつらせ給ふ。みかどもおろかならず、思ひかはさせ給ひて、殿の御おとうとにこめられさせ給ひて、藤氏の長者なども、のかせ給ひたるを、をさなき御心になげかせ給ふ。とのもみかどのれいならぬ御事を、なげかせ給ふほどに、十七にやおはしましけん。はつ秋のすゑに、日ごろれいならぬ事おはしまして、かくれさせ給ひぬれば、世の中はやみにまどへる心ちしあへるなるべし。さりとてあるべきにあらねば、鳥羽院には、つぎのみかどさだめさせ給ふに、まことにや侍りけん。女院の御事のいたはしさにや。姫宮を女帝にやあるべきなどさへはからはせ給ふ。又仁和寺のわか宮をなどさだめさせ給ひけれど、ことわりなくて、ひとひは過て、世の中おぼしめしうらみたる御ありさまなるべし。たゞおはしまさんだにをしかるべきを、哥をもをさなくおはしますほどに、すぐれてよませ給ひ、法文のかたも、しかるべくてや、おはしましけむ。心にしめて、經などをもくんによませ給ひて、それにつけても、廿八品の御うたなどよませ給ふ。おなじ哥と申せども、このころのうちあからさまにもあらず、むかしの上手などのやうに、よませ給ひける、おほくよませ給ひけるなかに、よを心ぼそくや、おぼしめしけむ。
むしのねのよわるのみかは過る秋ををしむ我身ぞまづきえぬべき
などよませ給へりける、いとあはれにかなしく、又からはぎなどいふことを、かくしだいにて、
つらからばきしべの松のなみをいたみねにあらはれてなかんとぞおもふ
などおほくきゝ侍りしかども、おぼえ侍らず。位におはします事、十四年なりき。御わざの夜さねしげといひしが、むかし蔵人にて侍りける、おもひいでゝよめる。
おもひきやむしのねしげきあさぢふに君をみすてゝ帰るべしとは
殿の御子の、大僧正ときこえ給ふ、みかどのうゑさせ給へりけるきくを見給ひて、
よはひをば君にゆづらで白菊のひとりおくれてつゆけかるらん
とよまれ侍りけるこそ、あはれに聞え侍りしか。肥前のごとて侍りけるが、みかどおはしまさでのち、むかし思ひいでけるに、しのばしき事、おほくおぼえければほしあひのころ、ないし土佐が、かのみかどの御事のかなしみにたへで、かしらおろして、こもりゐ侍りけるもとに、いひつかはしける、
天の川ほしあひの空はかはらねどなれし雲ゐの秋ぞ恋しき
とよめりけるこそ、いとなさけおほくきゝはべりしか。このみかどの御母は、贈左大臣長實中納言のむすめ也。得子皇后宮ときこえ給ふ。美福門院と申しき。この御ありさま、さきに申し侍りぬ。かつはちかき世の事なれば、たれもきかせ給ひけん。されどもことのつゞきに申し侍るになん。猶あさましくおはしましゝ、御すぐせぞかし。御おやもおはせずなりにしかば、いかゞなりたまはんずらむとみえたまひしに、しのびてまゐりはじめたまひて、御子たちうみたてまつり給ひ、女御きさき、みかどの御はゝにおはしますのみにあらず、ゆくすゑまでの御ありさま申すもおろかなり。はじめかやう院のやしなひ申させ給ひしは、叡子内親王ときこえ給ひしは、うせさせ給ひにき。そのつぎのひめ宮は暲子内親王八条院と申すなるべし。院にやがてやしなひ申させ給ひて、あさゆふの御なぐさめなるべし。をさなくて物などうつくしうおほせられて、わか宮は、春宮になりたり。われは春宮のあねに成りたりなど、おほせられければ、院はさるつかさやはあるべきなど、けうじ申させ給ひけるなどぞ、聞え侍りし。この宮、保延三年ひのとのみのとしにうまれさせ給ひて、保元二年六月御ぐしおろさせ給ふ。御とし廿一とぞきこえさせ給ひし。應保元年十二月に、院号きこえさせ給ふ。二条のみかどの御母とて、后にもたゝせ給はねども、女院と申すなるべし。小一条院の春宮より院と申ししやうなるべし。このゑのみかどうまれさせ給ひてのち、永治元年十一月にや侍りけん。かのとのとりのとし、又ひめ宮、六条殿にてうみたてまつり給へりし、二条のみかど、 春宮ときこえさせ給ひし時、保元々年のころ、みやす所ときこえさせ給ひて、みかど位につかせ給ひしかば、平治元年十二月廿六日、中宮ときこえさせ給ひしに、永暦元年八月十九日、御なやみとて、御ぐしおろさせ給ふ。御とし廿とぞきこえさせ給ひし。いとたぐひなく侍りき。應保二年二月十三日、院号ありて、たか松の院と申す。この宮々の御母、國母にておはしましゝ程に、このゑのみかど、崩れさせ給ひて、なげかせ給ひしに、つぎのとし鳥羽院うせさせ給ひし時は、きたおもてに候ふと候ふ、下臈どもかきたてゝ、院のおはしまさざらんには、たしかに女院に候へとて、わたされ侍りけり。女院は法皇の御やまひのむしろに、御ぐしおろさせ給へりき。みたきのひじりとかきこえしは御戒の師ときこえ侍りし、よろづおもほしすてたる御有さまにやあらん。鳥羽などをも、よろづ女院の御まゝとのみ、さたしおかせ給へれど、のちの世の事を、おもほしおきてさせ給ふうへに、心かしこく何事にものがれさせ給へりき。姫宮たち、御母おはしましゝをり、みな御ぐしおろさせ給ひてしこそ、いとあはれにきこえ給ひしか。むかしの仏のやたりの王子、十六の沙弥などの御有さまなるべし。なかにも、たうじのきさきの宮にて、仏のみちにいらせ給ふ、よにたぐひなし。このよをつよくおぼしめしとりて、わが御身もひめ宮たちをもすゝめなし奉りて、つとめさせ給ふほどに、わづらはせおはします御事ありて、應保元年十一月廿三日に、かくれさせおはしましにき。むらさきの雲たちてゐながら、うせさせおはしにけるとぞ、うけ給はりし。かねて高野の御山にしのびて、御だうたてさせ給ひて、それにぞ御しやりをば、おくりまゐらせ給ひけるとなむ。かの御ともには、さもあるべき人々、おの<御さはりありて、贈左大臣の末の子ときみちの備後守とかきこえし、のちには法師になられたりけるに、年ごろもちぎりおかせ給へりけるとて、その人ばかりぞ、くびにかけまゐらせて、たゞ一人まゐられければ、わかさのかみにて、たかのぶと申して、むげにとしわかき人、をさなくより、なれつかうまつりて、御なごりのしのびがたさに、ことにのぞみて、したひまゐりけるに、御山へいらせ給ふ日、雪いたくふりければよみ侍りける、
たれか又けふのみゆきをおくりおかんわれさへかくて思ひきえなば



